20090628

love-ring


タワーレコードのポイント3倍に食いついて衝動買いしたハナレグミの「あいのわ」。
ジャケはうーーーん、、、、恥ずかしいけれど、中身は、こりゃーすごい。



じょびじょばと音楽で溢れてる。今回のくるりの「魂のゆくえ」は、とても「内向的」で、ボクシングで言えば、技術やうまさでガードされて、僕らは判定負けした、という気がしたんだけど、このハナレグミの「あいのわ」はノーガードで、あわよくば僕らに手を振ってくるぐらいの始末。気づいたら試合じゃなくてリング上でお祭りが始まるようとでもいおうか。これはこれは清々しくおかしい。
分かりづらい、なんとも分かりづらい喩えになってしまったけれど、とにかく気持ちいいアルバムなのです。

ハナレグミをすこし誤解してたな。これはよいぞ。
朝の夜明けとともにこれ聞いてみんしゃい。今日はいい1日になりそう、ってなるのであーるよ。

20090626

オーバー30  1Q45

今日はとにかく暑かった。
長野は今年初めての真夏日。

勉強も、いよいよ大詰めに向かい始めています。本番まであと2週間くらい。それが過ぎてしまえば、晴れて自由の身に。
はやくすべてが過ぎていってほしいと思う反面、中途半端なところで、後少しやってれば良かった。と思うような結果にはなってほしくないとも思うのです。

晴れて自由の身になった時に、どんな気持ちを抱きたいのか。

残酷なことに、きっとそれだけが今の勉強の原動力なのかもしれない。
ほんとは、先生になった自分の姿を思い浮かべながら、やるべきことに打ち込むことが理想的なのかもしれないけれど、そんな現実感はあまり無くて。


話は変わるが、沖縄の慰霊の日の前日にやっていたNHKの特集番組、「“集団自決” 戦後64年の告白~沖縄・渡嘉敷島 ~」は、どうしようもない、これはどうしようもないと、テレビを見ながら放心状態になった。

「1945年、太平洋戦争末期の沖縄で集団自決にかかわった、ある兄弟の苦悩を伝える。64年前の沖縄戦では、家族が互いに命を奪い合う集団自決が各地で起きた。渡嘉敷島では、300人以上が犠牲になった。当時、家族を手にかけてしまった兄弟の証言を紹介。戦後、兄弟は別々の道に進み、ほとんど会うことはなかった。兄は島にとどまって家を守り、弟は島を離れてキリスト教の牧師となった。なぜ家族を手にかけなければならなかったのかと苦悩し続けてきた兄弟の心の軌跡をたどる。」(NHKより抜粋)というような内容。

言葉には表せないほどのやりきれなくて、無様で、悲惨で、救いようの無い歴史とはこのことだと。
自らの手で家族を殺めること。ともに家族を殺めた弟とは、顔を合わせるとそのときの記憶が過ってしまうから、それ以来ほとんど顔を合わせずにいたという。
ようやく兄弟が顔を合わせた頃には、兄の認知症が進行していて那覇の施設に入っていたこと。言葉は交わせなかった。
その兄は、慰霊の日に「今日は慰霊の日ですね。私はあのときの出来事を一生忘れられないし、一生悔やまれることをしたのです」と遠くを見つめながら語ること。
僕は、軽率にも認知症が進行することで、ある意味では救いになるのかもしれないと思ったが、その言葉ですべてが打ち砕かれて、記憶を消し去ることはできないのだと、絶望に陥れられた。

とにかく知らなければならない沖縄の歴史を、知らない人が多すぎる。
過去の歴史じゃない、今もその悲しすぎる出来事は沖縄の人々の心をのみ込んで、うごめいている。

男性は語った。自分の家族に手にかけた時のことを「なんとも言いようが無いですよ」と。

20090621

撮影


今日は、B研の新しく編成したバンド(4人中3人は兼写真部なのですが)のホームページ用の写真の撮影を頼まれて工学部まで行ってきました。ライヴもまだで、なのにホームページはいっぱしに作るようです。
でも、さすがホームページ作っちゃおってだけあって、きょう数曲聞いた感じではすごく良くて、ぜひライブでも聞いてみたいと思うのでした。長野にいる間に聞けるかな。

なにかあればここでも更新していこうと思います。

まだできた写真をお渡ししてないけれど、僕の中でこれだと思った写真を勝手に載せちゃいました。
でも、実際に使われるのは分かりませんよ。いい感じでしょ。 ふふふ。

20090619

Runner's High

今日学校から帰ってくるとき、ちびっこ二人に追われたよ。
っていうのは、ちびっこ二人はランニングしていて、その横を僕がちゃりんこで抜こうとしたのです。
そしたら、ちびっこ二人はギアチェンしてものすごい形相で僕を追って来た。ふんぬーって感じで。
ぼくも負けたくないので、ふんぬーが続くようなペースで(やらしいね)ほどよく軽快にちゃりんこを飛ばしました。


まあ僕が勝つよね、当然。  ちゃりんこだもん。

20090615

15101→18170

東京都の教員採用試験の出願状況が発表されました。
去年15101人だったのが、今年はなんと18170人。20.3%増だそうです。いやはや完全にのまれましたよ。これも100年に1度の大不況のあおりなのか。とりあえずユアスタが埋まるってことだよね。恐るべし。
僕の希望している校種も、例外でなく、というかむしろ全体よりもハードに36.4%増。去年の倍率が3.9倍だったのが、今年はなんと5.3倍。全国的に見ればまだまだ低いのかもしれないけれど、なかなかシビアな数字になりましたな。東京だからなんとかなるとかいう時代は去年で終わったみたいだね。

でも、こーいうのは周囲が問題なのでなく、自分自身の努力次第であることは、アホでも分かります。
ある意味自分のけっつにむち打つきっかけになりました。甘える必要はもともと0だったけれど、もはやマイナスになりました。もう、十分なくらい悔いはのこしてきたもの、マイナスをプラスにして、悔いの残らないように突っ走りたいものです。

20090614

あじもそっけもない

味も素っ気も無い、ただキーボードをタイプし、日々のことをのせていくことをこのブログではやっていこうと、思ったはずが、お酒が入るとついつい感情が表立って、はきだすかのごとくキーボードをいつもよりも強くたたいてしまう。
きのうの更新はまさにそんな具合で、ただただ恥ずかしいばかりです。利用法がずれにずれてしまってるな。と、今日改めて読み直したら思いました。

てへへ。まーいっか、まーいっか。なーんつって。 これ、友だち。許可とって無いけど、まーいっか。まーいっか。

今日は大人しくお勉強します。でも、最近映画を見ていなすぎて、、、どこかフラストレーションがたまっておる。見たい映画もたまっておる。フラストレーションといえば、足の汗って、気温なんかの暑さではほとんどかかないんだってさ。毎日の疲れとか、ストレスがおもな原因なんだそうだよ。どーりで図書館で勉強してると足が蒸れてくるわけだ。靴脱ぎたくなるわけだ。

さー、きょうも足に汗かきながらがんばるとしますか。
勉強には発汗作用もあります。頭を使ってストレスためてレッツデトックス。

20090613

里帰りその後

久々の更新です。この数日は、実家に帰ったり、応用実習の手伝い(僕は行っていない)に精を出し、松本で実習している友だちに激励に行ったり(僕は運転していない)、もちろん自分の教員採用試験の勉強に追われたりと、毎日が充実しています。幸せです。
実家に帰ったのはだいたい一週間前。くるりのライヴに高校の時からの友だちに誘われて行くことが主な目的でした。だけどもだっけーど、くるりのライヴの前日には、「とっておきの音楽祭」という、仙台の市街地を巻き込んだイベントに父親とともに行ってきました。そのイベントは、障害のある人と健常の人と、なーーーんにも区別すること無く、参加したい人が参加できるっていうイベントでとても心地の良いものでした。街行く人が足を止め、思い思いの音楽に耳を傾ける。中には海外から仙台にやってきていたカップルもいて、最初は少し戸惑ったような(?)顔をしていましたが、すぐに一緒に楽しんでいるような素敵な笑顔を振りまいていました。むむむ、あんなカップルに憧れるものです。かわいいな。
長野県でも、障害のある人たちの中でのそれぞれの活動はとても積極的で、僕もたまにその中の一味になってキャンプやボランティアなんかで混ぜてもらったりしているけれど、その一方で、それは障害のある人たちとの関わりがあまりない人は、全く関わる余地がなく、”障害”という言葉だけで互いが互いに遮断し合っていて、まるでそれぞれがべつの社会で生きているようだと感じることがあります。きっとそれではよくないんだよね。まずもってそういうの楽しいに決まってるのに、知らなすぎる(それは障害のある人たちを支援している側にも言えること)。でも、ただそれをくさった正義感のもとで知らしめるだけでなく、主体的なアクションで全部巻き込んでいくような勢いがこれからも(もちろん今現在も)とっても大事なんじゃないかなあって思った。学生ボランティアがうらやましかったよ。障害という言葉で当たり前のように人をくくること自体に僕には違和感を覚えてしようがない。
あ、そういえばこの間お兄ちゃんと電話していた時に「障害のある人に対して心ないことを言う女性が一番さめるよね」みたいなことを話してたな。いやいやそのときは口にしなかったものの、同じ血が流れているなと思い(こんなことを文に載せられるのは、今ワインを60分で1本空けてハイになっているからに他ならないが)。僕は近頃(?)いいなと思っていた人が、まさにそんな感じの心ない一言を言ったことによって、ささささっと恐るべきスピードで冷めたのでした。もはや合わないと確信しているくらいなもんで。
そんなことはさて置き(こんなこと書いても酔いが醒めたときに虚しくなるだけ)、くるりの新しいアルバム「魂のゆくえ」だよ。
インタビューやらなんやら雑誌でチェックしているけれど、なんだかなあ。いろいろ「語って」正当化しようとしているようだけれど、正直微妙。ライブでは2ndの「図鑑」と「魂のゆくえ」を中心に演奏していたけれど、キラキラしていたのは明らかに「図鑑」。ぼくは音楽について専門的な知識は無いけれど、今作のアルバムは置きにいっている感が否めない。迷走したすえのなんとか形にした、と言わんばかりである。もちろん、くるりは好きな訳で、今回のアルバムも新しい試みをたくさん織り交ぜていて楽しませていることは確か。毎日こればかり聞いていることも確か。やっぱりくるりは好きなのである。するめアルバム(聞けば聞くほど好きになっていく)です。
でも、いまリアルタイムで聞いているHAUSCHKAの「FERNDORF」にはかなうまい。愚問か。

はあ、眠くなってきたので書くのを止めようと思います。明日は早く起きて勉強にうちこまねば(今日はついつい野球に打ち込んでしまった。。。笑)。
明日は明日の風が吹くぞよ。
酔っぱらってるから許してくださいーじーらいだー。


おやすみなさい。

20090603

クラフトフェアまつもと

に行ってきました。今年で4度目です。思えば初めて行った時は、休みの日にたまたま自転車でふらふらしてたら、クラフトフェアが開催しているのを見つけて立ち寄ったときでした。人も今年に比べればまばらで、出品者もずっと少なかったような気がします。
年々(といっても4年間ですが)人も増え、出品者も増え、人がごった返し、あがたの森公園がもはや御開帳の延長のよう。僕が行った日曜日だって大雨だったから、雨だけどその分人も減ってゆっくり見れるのかなあと思ってたら全然そんなこともなく。
内容はといえば、出品者は増えるものの、そのときどきのトレンド(?)に流されいるか、理解に苦しむセンスを存分に発揮して恐ろしいほど主張してくる作品が多く目につき、(あくまで僕の好みの)作家性と実用性のバランスがうまくとれた作品をつくる作家が減っているように強く感じ、あらまぁという残念さと、気軽に入り込めるようになりつつあるクラフトの流れがいかにも現れてきていると感じずにはいられませんでした。例えば、陶芸だと、かわいい〜みたいな積み木のオブジェとか、なにも考えられてない白磁の器だとかね。
でも、もちろんそのような中で素晴らしい仕事をしている人もいる訳で、去年も参加していた山口の作家である大中和典さんは今年も完全にずば抜けていました。でも、思いのほかあまりお客さんが集まらないみたい。。何を見ているのだ。来場者は。
けっきょく僕は、いとこのお兄ちゃんみたいな雰囲気の大中さんのブースで雨宿りをしながら大中さんとそれぞれの情報を交換したり(ぼくの情報はうすっぺらですが)、いろいろなことをぺちゃくちゃおしゃべりをこ一時間ほどしていました。ふたり小豆キャラメルをくちゃくちゃしながら。


大中和典さんのホームページから